秋田県八郎潟における漁業と水産加工業の存続形態

岩村美也子

3 八郎潟周辺地域における水産加工業


 八郎潟周辺地域では、現在13の業者によって佃煮加工業が行われており(第5図)その多くが煮干加工業も営んでいる。本研究では、13業者中、聞き取り調査を行うことのできた10業者における佃煮加工業と煮干加工業について明らかにする。

1.佃煮加工業
 八郎潟周辺地域における佃煮加工業者は、ワカサギ・シラウオ・イカナゴ・ハゼ・フナ・イカなどを主な原料とし、一般的な佃煮のほかに、串に刺してから調味する「筏焼き」、一度焼いてからタレで煮込む「甘露煮」、油で揚げてからタレをからめる「唐揚げ」なども製造している。
 秋田県における佃煮生産量は(第6図)は、八郎潟周辺地域の大部分を含む中央地区が、そのほとんどを閉めている。八郎潟における水産物漁獲量(第2図)と対照すると、八郎潟干拓の完成した1970年代後半以後、変化の関連がほとんど見られなくなる。
これには、八郎潟干拓による原料魚の入手可能量の減少を補うために、佃煮加工業者が様々な対応を試みたことが影響している。
 八郎潟産の原料魚の漁獲は夏から秋にかけて多く、その他の季節の生産量を補うために、春に漁獲されるイカナゴなど海水性の水産物の加工も行ってきた。八郎潟干拓後は、全体的な生産量を補充する意味合いからも、この海産物であるイカナゴの加工量が増加した。さらに、輸入原料やイカ・コンブなどの乾燥原料の加工を行なったり、県外の原料供給地の近傍に出張工場を設け、ワカサギ・イカナゴの半加工をするなどして生産量を確保している。また、他地域の業者と提携し、半加工品や製品を仕入れている加工業者も多い。これらは、八郎潟産の原料魚の漁獲が少ない時期や、盆・年末などの繁忙期の製品に充てられている。以上のようにして、八郎潟周辺地域における佃煮加工業者は、八郎潟干拓による漁獲量の減少に対処してきたのである。
佃煮加工業者は、原料となる主な水産物のうち、八郎潟に生息するワカサギ・シラウオ・ハゼ・フナなどは現在もなお八郎潟のものを加工の中心とする。ワカサギ・シラウオは、他地域でも原料を入手し、出張工場で半加工したもので不足分を補っている。イカナゴについては、海産物であるために、他地域で原料を入手し、出張工場で半加工したものが原料の全てである。
第7図は、八郎潟周辺の佃煮加工業者における主要原料魚であるワカサギ・イカナゴの入手先を表したものである。ワカサギは青森県小川原湖・十三湖と北海道網走湖、イカナゴは青森県陸奥湾周辺や北海道・宮城県・福島県の太平洋岸から入手している。これらの地域で入手した原料魚を、生の状態で秋田に移送することは困難である。そこでその周辺に前述した出張工場を設け(第8図)、半加工して保存性を高めた後、秋田に移送し最終的な製品に加工する。10業者中の7業者が県外に出張工場を構えているが、その多くは青森県小川原湖の周辺に立地している。小川原湖は青森県の東端に位置する汽水湖であり、主要漁獲魚種は、シジミ・ワカサギ・シラウオ・フナ・コイ・ウグイ・ハゼ・カレイ・ウナギなどで、干拓前の八郎潟と類似する。小川原湖周辺地域には他地域の佃煮加工業者の出張工場のほかに、地元の佃煮加工業者も存在し、小川原湖のワカサギなどの加工を行っている。
小川原湖と八郎潟とのつながりは古く、漁法も佃煮加工方法も、八郎潟の技術が伝わったものであるという。現在八郎潟で操業されている船曳網(シラウオ機船船曳網)漁業は2隻曳きであるが、かつては1隻曳きであった。小川原湖における船曳網漁業は1隻曳きであり、これは八郎潟の漁法が大正末期から昭和初期に伝わったものであるという。佃煮加工の技術については、出張工場で現地の労働力を雇用することから広まったものであるという。八郎潟周辺地域の加工業者は、昭和初期にも小川原湖周辺に出張工場をを構えたことがあった。これらの加工業者は戦時中に出張工場を撤退させてしまったが、加工技術が小川原湖周辺地域に根付き、戦後には本格的な佃煮加工業者が現れたという。また、現在、上北町で佃煮加工業を営む業者のなかには、八郎潟周辺地域出身者の業者も存在する。
佃煮製品の加工方法には、浮かし煮と煎り煮(煎り付け煮)があり、八郎潟周辺地域では、原料によって両方の加工方法をを使い分けている。イカなどの乾燥原料を用いるもの以外は、浮かし煮法によって加工されるが、そのなかでも生の原料を用いる生炊き法で佃煮を製造するため、八郎潟周辺地域の佃煮は良質と評される。佃煮加工の全工程の中で、女性労働者が選別・洗浄・包装を受け持ち、男性労働者は原料魚の運搬・煮込みなどを担当している。製造のコツは味付けにあり、調味料の配合や煮込みの時間・温度、釜から上げるタイミング、さらに季節に見合った炊き方など、男性労働者(職人)には熟練した技術が必要とされている(写真1)
八郎潟周辺地域における佃煮加工場の主な施備としては、原料を煮込むための釜、煮上がった佃煮を冷ますための扇風機、製品を保管するための冷蔵・冷凍庫が全ての業者に共通している(第1表)。しかし自動包装機・真空包装機・ラベル製造機などの装備については、製品の販売方法の違いや生産量の規模の違いによって各業者に差異が見られる。釜の熱源については、薪から重油に、重油からガスに、ガスからボイラーへと移行してきている。

INDEX戻る↑

2.煮干加工業
八郎潟周辺地域における煮干加工業は、佃煮加工業者によって営まれている。聞き取り調査を行うことのできた佃煮加工業者10業者中8業者が煮干加工も行っている。これは工程が単純であることや、佃煮を煮熟する釜で原魚を煮ることができることなど、佃煮加工業との兼業に煮干加工業が向いていたためと考えられる。煮干の原魚となるのは八郎潟産のワカサギに限られるため、煮干加工はワカサギの漁獲量の多い夏から秋にかけて行われる。加工業者は8月上旬から10月いっぱいは、煮干加工を中心に操業する。これは原料魚の処理能力が高い加工法で大量生産できることと、受託生産であるために加工後すぐに出荷できるなどの利点が多いからである。

 

←前のページ INDEX戻る↑ 次のページ→


掲載した論文は、岩村様の了解を得て、千田佐市商店がhtml形式のファイルにしました。
実際の論文とは少し構成が違っています。ご了承ください。
〒018-1401 
秋田県南秋田郡昭和町大久保字片田千刈田428-3
株式会社 千田佐市商店
  


Copyright(C) CHIDASAICHI-SHOTEN Inc.